喪主の役割

葬儀を行う上で、必ず必要になって来るのが喪主の存在です。喪主は葬儀の責任者として、色々な事を決めたり、来て下さった参列者に対しての対応もしなくてはなりません。しかし喪主は、故人と一番近い存在で暮らしてきたことから、故人が亡くなったことで一番深い悲しみを持っているのではないでしょうか。
私が喪主を務めた時は、母の葬儀の時でした。生前、私たち親子はとても仲が良くなんでも相談しあえる仲でした。幼い時に父を亡くし、親子で力を合わせ頑張って暮らしていましたから母が亡くなり悲しみというより絶望といった方がいいほどの感情でした。
しかし、母を見送るために葬儀を行わなければならず、悲しんでいる場合じゃなかったのです。喪主がやるべきことはたくさんありました。まずは、親戚やお世話になった知り合いなどに母が亡くなった事を知らせなければなりません。若い人であればメールでお知らせすることもできたのですが、親戚は高齢の方が多く、一件一件電話での報告となりました。また、葬儀を行うための祭壇やいただいたお花の順番を決めたり、香典返しや会葬御礼などの品物を選んだり、通夜振る舞いの食事の発注をしたり。座る暇がないほど忙しく、葬儀を行っている最中は悲しむ暇もありませんでした。やっと落ち着いて母が亡くなったことを実感できたのは、葬儀が終わってからしばらく経っての事でした。
喪主になるという事は、とても大変なことなんだと改めて実感しました。

家族葬の形

最近よく耳にする家族葬ですが、家族(遺族)だけで葬儀を行う事だと去年まで思っていました。
実は去年、祖母が亡くなった時に家族葬を行ったのです。
祖母の調子が悪くなってから(余命宣告をされていました)親戚や友人には知らせないでほしいと何度も言われていました。
祖母本人は余命宣告をされていたことは知りませんし、少しの入院で退院できると思っていたからです。
しかし、日に日に病状が悪くなってしまい、どうしても親戚だけには知らせないといかないところまで来てしまったのです。
途中で祖母も自分の病状に気付いたのか、もしもの事があっても人には知らせず葬式をあげて欲しいというようになってしまいました。
ほどなくして祖母は亡くなってしまいましたが、生前の本人の希望を考え、親しくしていた親戚だけを呼んで葬儀を行う事に決めました。
親しくしていた親戚と言っても、祖母の兄弟は多く、皆仲良くしていたため結構な人数になりました。
葬儀社に連絡をすると家族葬でいいですか?という言葉が出ましたが、私は家族葬ではないと答えてしまいました。
葬儀社の人は家族葬がどのようなものかを詳しく説明してくれ、そこで初めて本当の家族葬の意味を知ったのです。
家族葬は故人が生前親しくしていた人のみで葬儀を行う事をいいますが、本当に親しくしていた人達だけで行うお葬式がこんなにアットホームなんだと初めて知ることができました。
人数は30人程でしたが、通夜振る舞いなどでも私たちは座って親戚の方たちとお話しすることが出来ましたし、ゆっくりと祖母と最後の別れをする事が出来ました。
私も来るべき時が来たら大切な人に贈る最後の手紙、遺言作成ガイドを参考にしながら遺言を書いて、家族葬で見送ってもらえるようにしたいと思いました。

久しぶりの喪主

昨年、久しぶりに喪主を経験しました。
義父が亡くなったのですが、義母も高齢のため私たち夫婦が喪主として父のお葬式を行わなければいけない状態だったのです。
義父は会社を引退していましたし、なにより自分にもしもの事があっても、あまり人には言わないでいてほしいと生前言っていたことから、今回は家族葬を行う事にしました。
家族葬と言っても、家族だけではなく、親戚にも来てもらいますから、それなりの会場を選ばなくてはなりません。
葬儀社の担当と相談をし、少し小さめの会場を選ぶ事になりました。
喪主がやらなければいけないことは多く、夫婦二人ででこなすことは大変でしたが、義母や夫の兄弟に助けてもらいながらなんとか葬儀を行う事が出来ました。
葬儀を行う時に一番大変だったことといえば、すぐに判断をしなければいけないという事でした。

葬儀の日程を決めてからは、祭壇や香典返し、棺などをどうするか早めに決めなければいけませんでした。
用意しなければいけない物にはそれぞれ料金がかかってしまいます。
正直あまりお金もなかったのでなるべく安く済ませたいと思いましたが、お葬式にはそれなりにお金がかかってしまいます。
また祭壇に飾る花などをケチってしまうと祭壇が寂しくなってしまうため、安く済ませることは出来ませんでしたが、その他の事で少しずつ経費がかからないようにしていきました。
それでも結局は100万円以上の料金がかかってしまいましたが、親戚に良いお葬式だったと言ってもらえたことで、私たち遺族も安心する事が出来ました。